学府について

それって何の役に立つの?
渡部 哲史 包括的東アジア・日本研究コース
環境変動部門

 現所属に赴任しておよそ2か月が経過しました。何かわかったというにはあまりにも短すぎるのですが、それでも私がこれまで所属してきた工学系とは大きく違いそうだというのはどうやら間違いないようです。

 私は土木工学分野の水文学という水の循環を扱う学問分野で学位を取得し、気候変動下での洪水や渇水といった水関連災害に関する研究を行ってきました。また、日本では気候変動と同様に人口減少も大きな変化であることから、気候変動と人口減少が水循環や水の周りの環境に及ぼす影響についても分析を進めてきました。

 これまで所属してきた土木系の研究室では、学生が卒業論文や修士論文の発表をする際の想定質問の一つとして「それって何の役にたつの?」がありました。一口に土木系と言っても研究に対する考え方は人によって様々で、土木系に所属する全員が、大学での土木系の研究は今すぐ何かの役に立つべきだと考えている訳ではありません。ただし、何かに役に立つという前提が無くなるとそもそも土木で研究する意味もなくなってしまうので、やっぱり多少なりとも何に役立ちそうかという考えは必要でしょう。

 今回ご縁を頂き、自分が学び、働いてきた工学分野・土木分野から外に出ました。想像していたとおり、いや、それ以上に“何の役に立つか”という質問から離れた世界に来たことを感じています。私がこの数年、特に興味を持って進めてきた研究対象の一つが農業用ため池です。従来は維持管理への貢献など、“何の役に立つか”という点を出発点とした研究を行ってきましたが、もっと自由な発想で不思議と思ったことを追求する姿勢の大事さを改めて感じております。

 何の役に立つかわからないものが、その後に思いもしないところで大きく役立ったという例は枚挙にいとまがありません。そのような余裕がある状況では、余裕から次の余裕が生まれるという正のフィードバックが生まれそうです。一方で、そのような余裕のない状況では今役に立つことを優先せざるを得ず、それがまた将来の余裕も奪うことになるでしょう。

 残念ながら、大学を巡る昨今の状況からは“何かの役に立つ”ことの重要さ(研究成果そのものが世の中の役に立つということよりも、“大学のランキング向上”の役に立つという方が的を射ているかもしれません)を陰に陽に感じます。そのような中でどのように研究や教育を進めて行くかという問は、このまま“逃げ切れない”世代にとっては避けて通れないものでしょう。「研究に対して役に立つかどうかを問うなどけしからん」というのは簡単です。そのようにできた時代は良かった。ただ、これからはきっとそうはいきません。かといって、このような時代を嘆き、悲劇のヒーロー/ヒロインとして滅びの美学を追求しても仕方がありません。

 土木分野は役に立つ研究である一方で、悲しいかな、大学のランキング向上という観点では、国際的な成果を次々と発表する他分野に比べてどうしても劣る部分があります(注:あくまでも個人的な意見です)。地域に根差した“役に立つ”研究をしようとすればするほどその傾向は強くなります。個別事例だろうと発信していけば良いという意見も正しいのですが、その観点では工学系よりも人文社会学系の方が進んでいるのではないでしょうか。

 自然科学の観点から水に関する普遍的な事象を追求するよりも、農業用ため池に関する具体的な社会課題に興味を持ってきた私はずっとそのようなことをぼんやりと考えていました。そんな中、予想だにしなかったことに、社会であれ大学ランキングであれ“役に立つ”研究至上の世界を離れ、学問分野さらには学問観すらおそらく多様であるだろう世界にたどり着きました。従来続けてきた農業用ため池をはじめとする水の研究について進めることに加えて、このような大学を巡る昨今の状況での研究や教育のあり方についても考えていきたいです。

 

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